013公民「主権」について

統治権を発動する国家最高の意志のこと。

「主権」というのは最近、現れた考え方。

もともとは国王の独裁的権力を主張するための理論だった。

実は、主権という考えは、もともと近代初期のヨーロッパで、国王の絶対的権力の理論としてつくりだされたもの。

中世ヨーロッパにおける「国家」は、ばらばらで、国王の権力は非常に限られていたのです。中世は今のローマ法王(当時は教皇)、教皇や、ドイツにおいては神聖ローマ皇帝など国家を越えた権力が強かったのです。

教皇が主導した「十字軍戦争(キリスト教徒によるイスラム教徒からの聖地奪回運動)」。挫折したこの運動により教皇の権威も落ちて、それを後ろ楯にしていた神聖ローマ皇帝の権威も落ちぶれ、相対的にですが国王の力が強まったのです。

しかも、十字軍にかり出された伯爵だの騎士は没落。ますます国王の権力が強化されていきました。このような時代背景から、国王は国家という領域の中では最高の権力である、つまり主権を持っているという考えが、生まれてきたのです。

そのうちに市民革命により主権を持つ者が国王から人民に移っていく過程でも、国家の持つ主権は侵すことができないものとして国際法的に認識されるようになりました。

さらに、そこから主権は平等であるという原則も確立します。国土・人口などに関係なく、すべての国家の主権は平等である。とてつもない領土を持つロシアの主権と、ディズニーランドほどの大きさしかないバチカン市国の主権は、ともに最高の権力であるため、平等です。これは、国家はみな平等であるという原理に結びつくわけです。

もっとも、主権の絶対性は、20世紀になってすこしづつ修正されはじめます。主権国家といえども、条約など国際法には従わなくてはなりません。国連などの国際組織が、各国の主権を制限するような場面も、しばしばみられるようになっています。

EU加盟の12ヵ国は、単一通貨ユーロを導入することにより、主権のうち、「通貨を国内で独占的に発行する」権利を放棄したわけです。日本が1911年になってようやく手にした「関税自主権」つまり輸入品に関税を自由にかけられるという重要な主権の一部も、いまや国家間の話し合いによってじょじょに失われつつあります。

しかし、それぞれの国家に、それぞれ違う歴史・文化・宗教などを持つ国民存在する限り、ある国の主権が一方的に蹂躙(じゅうりん)されいけないでしょう。

shimtake3 について

 中学の社会を教え始めました。  少し、今までやってきたことをまとめてみようか思っています。  練習問題をアップ、要点をまとめたものをアップしていきます。  たまに、私のエッセイもアップします。  私は、、、自然と本と映画をこよなく愛する一小市民です。 合言葉 : 地球のどこかであいましょう。 夢 : 南極でペンギンと一緒に隕石拾いをすること。 現実 : 中学校の先生です。しかも、『社会』です。 平成25年(2013)04月07日 更新
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